20180701 皇帝への直訴 使徒25:1~12

◆2年に亘る監禁・・・ユダヤ人が企てるパウロ暗殺計画の前夜、神はパウロに「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」と告げました。その後、パウロはエルサレムからカイザリヤへと移送され、ローマへの歩みが進み始めたかに見えまが、パウロの裁判を延期した総督ペリクスは、ユダヤ人に恩を売るため、2年間パウロを牢に留め置きました。この動かないカイザリヤでの時間は、パウロにとっても試練の日々であったことでしょう。

◆パウロの裁きの再開・・・新総督フェストの着任にともない、ユダヤ人たちはパウロをエルサレムに戻すよう求めました。そこにはパウロ暗殺の謀略が隠されていましたが、総督はそれを退け、裁きはカイザリヤで再開されます。ユダヤ人は自分たちの訴えの立証ができず、パウロも無罪を主張したとき、フェストはパウロに「エルサレムでの裁判を希望するか」と尋ね、ユダヤ人の要求に応える道を探ります。「ユダヤ人の意のままに動かず、しかし、彼らを敵に回さない」、これがローマのユダヤ統治の方法でした。

◆パウロの裁判とイエスの裁判・・・この裁きの様子は、かつてピラトの前で行われたイエスの裁きを思い起こさせます。宗教的な問題に加えて、ローマへの反逆を訴えるユダヤ人に対して、ピラトはイエスの無罪を知りながら、彼らを敵に回すことを恐れて、イエスの裁きを彼らに委ねたのです。

◆キリストに倣いて・・・古来、キリスト者の生き方を表す言葉として「デ・イミタチオ・クリスティ」と言う言葉があります。「キリストに倣いて」と訳されるこの言葉は、パウロの生き方をよくあらわしています。イエスと出会い、福音を伝える使命に歩んだパウロの生き方が、キリストの歩みに重なり合っていきます。キリストと私たちとの関わりは「苦しみ」という事柄だけで言い尽くせるものではありません。しかし、キリストを信じて生きることを考えるとき、決して忘れてはならないことが、「キリストに倣いて」という言葉にあらわされています。

◆患難が忍耐を生み出し・・・パウロは、「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す・・・」と言います。「神に忘れられた」かに思えるような2年という時間の中で、パウロは祈り、主を待ち続けました。この忍耐の末にパウロは、機会をとらえ、皇帝に上訴した囚人として、ローマへと向かっていくのです。

20180624 総督ペリクスの前のパウロ 使徒24:1~23

◆パウロに対する訴え(1-9)・・・パウロがカイザリヤに到着した5日後、弁護士テオトロを伴ってやってきたユダヤ人指導者たちは、3つの事柄で総督ペリクスにパウロを訴えます。第一点は「世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こしている」、第二点は「ナザレ人という一派の首領である」、第三点は「この男は宮さえもけがそうとしました」というものでした。

◆パウロの弁明(10-21)・・・千人隊長の手紙により、ユダヤ人の間に謀略があることを知っていた総督は、訴えを受けてパウロに弁明の機会を与えます。第一と第三の訴えに対してパウロは、事実無根であると否定しますが、第二の訴えに関しては、ユダヤ人が異端と訴える道に従って神に仕えていることを承認します。それは、主イエスを信じる信仰が、これまでユダヤ人が歩んで来たイスラエルの民の歴史と切り離せないものであり、ナザレ人イエスを信じる道(信仰)は、それまでユダヤ人が信じ従って来た神が、救いの約束の成就として与えて下さったものであるとパウロは言うのです。

◆総督ペリクスの判断(22~27)・・・ペリクスは判決を遅らせ裁判を延期しました。彼は千人隊長同様に「パウロには死刑や投獄に当たる罪はない」と判断しましたが、ユダヤ人の有力者を前にして、即座に彼らの訴えを退けることをためらいました。しかし理由はそれだけではありません。その後もペリクスはパウロの話を聞きますが、27節を見ると「彼はパウロから金をもらいたい下心があったので、幾度もパウロを呼び出して話し合った」とあるように、彼はこの問題を利用して利益を得ようとしたのです。

◆復活の希望(15~16)・・・パウロは第二の弁明の後に、「死者の復活」について語り、この復活の希望により、「良心を保つように、と最善を尽くしています」と証言しています。ユダヤ人たちの殺意にさらされながら、また、ローマ総督を前にしても、臆することなく大胆にキリストの救いを語るパウロの生き方は、この希望に支えられていたのです。

「人間には一度死ぬことと、死後に裁きを受けることが定まっている」(へブル9:27)と聖書は語ります。この神の裁きに耐え得る人はいません。ただ御子イエスの十字架の贖いを信じた人だけが、価なしに義と認められるのです。この信仰に立つからこそ、私たちはやがて来る審判を「希望」と見ることが出来るのでしょう。そして、この希望に立って生きる者こそがクリスチャンなのです。

20180617 パウロ殺害の陰謀 使徒23:12~35

◆ユダヤ人の怒り(12~15)・・・主はパウロに、「エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」と告げました。これはパウロの宣教が、ローマに向けて新たな段階に入ったことを意味します。しかし、聖書はその翌日に、40人以上のユダヤ人によるパウロ殺害の謀略が動き出したことを記しています。「異邦人を神殿に連れ込んだ」という誤解によって生じたパウロへの敵意が、後には「殺意」にまで高まったことを思うときに、怒りや憤りに身を任せることの恐ろしさを教えられます(エペソ4:26~27)。

◆パウロの甥と千人隊長(16-21)・・・この殺害計画は、パウロの甥の耳に入り、彼の報告によってパウロに伝えられました。パウロは彼を千人隊長に送り謀略の次第を伝えさせますが、それを聞いた千人隊長は、エルサレムではパウロの身の安全を図ることが出来ないと判断し、すぐにパウロをカイザリヤにいるローマ総督ペリクスのもとに送る手はずを整えるのです。

◆千人隊長の手紙(22~30)・・・千人隊長は直ちに、ふたりの百人隊長を呼ぶと、今夜9時に、カイザリヤに向けて出発できるように、歩兵200人、騎兵70人、槍兵200人を整えるように命じました。パウロ1人の移送に対する規模としては大掛かりに思えますが、その理由は、千人隊長の保身にありました。26節以降に記された総督宛ての手紙を見ると、事実が微妙に歪められ、あたかも自分がローマ市民の保護のために忠実に責任を果たしているかのような内容になっています。しかし、実のところは正式な裁判も行わずに、千人隊長はパウロを捕え、鞭で打って取り調べをしようとしたのです。

◆カイザリヤへ(31~35)・・・こうしてパウロは大勢の兵士に守られて、ユダヤ人の手の届かぬローマ総督ペリクスのもとへと送られました。

この一連の記録は、人の思惑と行動以外の何も見られないように思えます。しかし、ルカがこうした記録を通して私たちに伝えること、それは、人間だけが動いているような出来事の背後にも神はおられるということでしょう。命の危機にさらされた時も、牢に一人で閉じ込めた時にも、ローマ兵士に守られてカイザリアに向かう道でも、主は傍におられ、パウロを守っていてくださったのです。