20161225 居場所のない救い主 ルカ2:1~7

居場所のない救い主 ・・・イエスさまは家畜小屋でお生まれになりました。それは「宿屋に彼らのいる場所がなかった」という理由によるものでした。ローマ皇帝アウグストから出された住民登録の勅令に伴う大勢の来客に、宿屋も食堂も大繁盛であったでしょう。この時とばかりに商売する者や、客間を開けて宿泊客をとる者もあったようです。しかし身重のマリヤとヨセフを迎え入れてくれる場所はどこにもありませんでした。それは、そのまま救い主として世に来られたイエスがお生まれになる場所がなかったということでもあります。後にイエスが救い主としてそのお姿を表されたとき、人々がはイエスの教えと奇跡に魅了されますが、イエスがご自身の死を語り始めると、イスカリオテ・ユダには奴隷のようにイエスを売り(マタイ27:3)。ペテロは「そんな人は知らない」とイエスとの関わりを否定します(マタイ26:72)。そして人々は「十字架だ。十字架につけろ」叫び続けました(ルカ23:21)。私たちの主イエスは、愛する者から無視され、人々から拒絶され、十字架で殺された、「居場所のない救い主」でした。

居場所のない人の救い主・・・突如の来客に湧き上がるベツレヘムの村とは対照的に、その郊外では羊飼いが羊の夜番をしています。彼らには住民登録は不要だったのでしょうか?ユダヤ人は神の民よして神殿に関わる税と、取税人が集めるローマへの税などを納める義務がありましたが、貧しい羊飼いたちはこれを納めることが滞りがちでした。また羊飼いという働きの性質上、安息日に神殿で礼拝をするということもないとは言えませんが、簡単なことではなかったのでしょう。おのず熱心なユダヤ人からは神の民を果たさないものと蔑まれ、一般的には社会の最も低い地位にある人々として見下げられる存在のとみられていました。イエスの招きを受けた人々の中に「ザアカイ」という取税人があります(ルカ19章)。彼はユダヤ人ですがローマのために税を集める取税人はユダヤの人々から嫌われました。イエスがサマリヤのスカルという町で出会った女性は、5人の男性との結婚生活に破たんして今は夫でない男性と暮らしていました。人目を忍ぶように熱い日中に水を汲みに来たこの女性は孤独な存在でした。長血を癒された女性、ツァラアトに患された者、悪霊に憑かれ者、生まれつきの盲人、いずれもユダヤ人の社会の中に身の置き場を見つけ出すことの出来ない人々でした。イエスはこうした人々の隣に生きて彼らを自身のもとへと招いておられるのです。

暗闇の只中に来られた救い主・・・クリスマスシーズンになると町がとても華やぎます。今年あった苦しいことも悲しいことも、この時だけは忘れられるような錯覚を覚えることもあるようですが、私たちの暮らすこの世の中には今も、自分の居場所が見つからずに傷んでいる人があります。こうした人々が主イエスのうちに真の居場所う見つけることが出来るように祈りましょう。そして、私たちも苦しみや試練の中で息づまることがあったとしても、いつでもキリストのうちにあたしたちの居場所があることを心に刻んでゆきたいと思います。

20161218 さあ、ベツレヘムに行こう ルカ2:8-20

きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。(2:11)・・・イエスがベツレヘムにお生まれになったその時に、この町から離れた「この土地に、羊飼いたちが野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた」とあります。考えてみると羊飼いの働きというものは大半な働きです。羊はとても弱い物であり常に肉食動物の餌食になる危険があります。また、視力がとても弱いので他の羊のそばにいなければ、すぐに迷ってどこかに行ってしまうそうです。このような羊を「見守る」働きにあらる人々に主は「きょうダビデの町で・・・」と告げられました。羊飼いの都合など全く無視したかのような告知です。「私たちのは私たちの仕事があって急に言われても困ります。」「せめて『あした救い主がお生まれになります』ということであれば対応もできるのですが」と答えたとしても、誰も彼らを責めることは出来ないでしょう。大切な仕事ですから。しかし、羊飼いたちの反応は違いました。

 「これが、あなたがたのためのしるしです。」(2:12)・・・「布にくるまって飼葉桶に寝ておられるみどりご」が、羊飼いに与えられた「しるし」でした。王として来られた御子イエスのために神が供えた最初の場所は、宮殿ではなく家畜小屋でありました。家畜小屋には生まれたばかりの赤ちゃんに相応しい清潔なベットはありません。家畜の食べものを入れる桶が御子イエスのベットとなりました。しかし、もしイエスが王として宮殿にお生まれになったとしたら、羊飼いは訪問者になることは出来なかったでしょう。そればかりか、ごく限られた人しかイエスを訪ねることが出来なかったはずです。

「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう。」(2:15)・・・「さあ、」という互いに対する呼びかけの言葉は「すぐに」とも訳される言葉です。神の知らせに答えてベツレヘムに出発することの確認と、そしてこれが急を要することを表しているのが「さあ」という言葉です。しかし、そのためには一時的にでも羊のもと離れなければなりませんでしたが、彼らは自分の手の内にある羊の群れを神に委ねて救い主を探しに出かけたのです。そして、べツレヘムで「飼葉おけに寝ておられるみどりごとを捜し当てた」羊飼いたちは、事の次第を人々に知らせました。聖書には名前も記されていない羊飼いを通して、神の約束の成就と救い主の誕生は人々に伝えられて行きました。そして、「羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」として、この羊飼いに告げられた救い主の誕生の記述は終わります。

彼らはみ使いの告知を受けて、ベツレヘムに向かいました。「さあ」という呼びかけは、彼らがイエスのもとを訪ねることを何よりも優先していたことの現れです。主イエスの十字架と復活の福音を聞いて、これを信じる者は救われます。救いは信仰によって与えられる神の賜物です。しかし、これを受け取ることの出来る時間は無限に与えられているわけではありません。「神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。』」 また、羊飼いたちは、み使いの告知が真実であり救い主の誕生を見たのちに、「神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」のです。約束された救い主の誕生を知った後にも、羊飼いはやはり羊飼いでした。彼らは自分たちの生活と働きの場に戻ってゆくのです。しかし、彼らはイエスと出会ったときに、救い主の誕生を告げ知らせ、神を賛美する人にかえられました。私たちも彼らと同じように、主の日毎に神への礼拝に招かれていますが。そこから、それぞれの生活と働きの場に派遣されて行くものでもあるのです。「神をあがめ、賛美しながら」それぞれの暮らしの場に派遣されてゆきましょう。

20161211 ベツレヘムの救い主 ミカ5:1~4

ヒゼキヤ王と南ユダ王国・・・ミカはイザヤと同じ時代に立てられた預言者です。彼の父アハズはアッシリヤに貢物を送り、アラム・北王国同盟の攻撃をかわしますが、アッシリヤとの関強化をはかるアハズ王は、アッシリヤから偶像とこれに伴う習慣を持ち込みました。アハズの跡を継いだヒゼキヤは政治的には反アッシリヤ姿勢を示し、神への信仰に立ち返って国内から偶像を取り除いて行きますが、偶像的な習慣と腐敗を人々の心から取り除くことは容易なことではなかったようです。

ベツレヘム・エフラテから・・・預言者ミカを通して語られた預言は南ユダ王国の罪を非難することに始まりますが、4章からはイスラエルの救いと回復が語られます。この預言の中で語られたのがユダの氏族の中で最も小さいものと言われるベツレヘム・エフラテから、イスラエルの支配者になる者が出るというものでした。ダビデ王がこの町で生まれ育ったことから、ベツレヘムはダビデの町と呼ばれますが、旧約聖書の時代に「ダビデの町」と言えばエルサレムのことでした。「小さい」という言葉は、「つまらない」とか「若い」とも訳される言葉です。私たちの救い主イエスは、朝日に輝くエルサレムの都に来られたのではなく、「ユダの氏族の中で最も小さいもの」「取るに足りない」と見なされたベツレヘムにお生まれになることを選ばれたのです。

その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである・・・「神の救いは昔から取るに足りない者を通してもたらされ、それは今も変わらない」ということでしょう。「大きいことはいいことだ」というCMが昔ありました。私たちも小さなものとはあまり言われたくありません。しかし、神さまの尺度は私たちの尺度とは違います。人に言われるまでもなく自分の弱さは自分が一番わかってると自分を責めないでください。神さまは小さなものを顧みて、また私たちの弱さを神の力があらわれる場所としてくださると約束しておられます。