20161016 神の国に入らなければならない 使徒14:19-23

ルステラでパウロは、アンテオケとイコニオムからユダヤ人と、彼らに扇動された人々に「石打ち」にされますが、神は彼を癒し再び福音の使者としてデルベの人々の救いのために用います。バルナバとパウリはこの町から折り返して、これまで訪問してきた町ましを再び訪れて、そこでキリストの弟子とされた人々を励ましながら、シリアのアンテオケへの帰路につきます。この励ましの内容についいては、22節で、「『弟子たちの心を強め、この信仰にしっかりとどまるように勧め、「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なければならない」と言った。」と記されています。この言葉は、多くの苦しみが神の国に入るための条件のように読み取れますが、本当にそうなのでしょうか?

これについて榊原康夫牧師は、英訳聖書(ESV)の「Through many tribulation,We must enter The Kingdom of God.」という文章から、「多くの苦しみを経てでも、私たちは神の国に入らなければならない」と訳しました。クリスチャンとして誠実に神と聖書の言葉に従って生きることを願うときに、避けられない試練や困難があります。だとしても、「私たちは神の国に入らなければならない」と語るパウロは、キリストの弟子とされた人々を待ち受けている試練の事実を知っていたのかもしれません。更に、パウロとバルナバは、弟子とされた人々が継続的に整えられ、養われてゆくために長老を任命しています。誰であれ好んで苦しい思いをしたいとは思いません。しかし、楽な道を選んで神の国(信仰)を捨てることは愚かなことです。主は苦難の中でも私たちとともにあり、すべてを益としてくださるおかたであること、また、私たちが信仰をもって神の国(救いの完成)に至る道を導いてくださるお方であることを忘れないようにしましょう。

 

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