20160529 奇蹟の先にあるもの 使徒9:32-43

32節に「ペテロはあらゆる所を巡回し」とあります。このようなペテロ活動は7章後半からのステパノの殉教と教会への迫害の渦中ではじめられました。迫害の下で多くのクリスチャンが地方に散らされてゆきましたが、彼らは行く先々でみことば(キリストの福音)を宣べつたえ、結果として、地方においてもキリストを信じる人々が起こされるようになります、その代表的な場所がサマリヤでした。ステパノの同労者として教会に仕えたピリポがサマリヤに逃れて、そこで福音を伝えたときに、多くの人々がこれを信じて受け入れます。しかし、サマリヤ人はユダヤ人と同祖の人々ですが、異邦人の侵略をうけて(アッシリヤ)、民族的に異邦人と血が混じっていったサマリヤ人をユダヤ人は神の民とは見なさず、基両者が交流することはなかったのです。生まれて間もない教会の中には、ユダヤ主義的なクリスチャンも少なくありませんでした。そこで、エルサレム教会はサマリヤ人が神のことばを受け入れたことを確かめるために、ペテロとヨハネを派遣することにしたのです。サマリヤにおいて彼らは、「おごそかにあかしをし、また主のことばを語って後、エルサレムへの帰途につき、サマリヤ人の多くの村でも福音を宣べ伝えた」と聖書は記しています。

1)奇蹟の先にありもの(9:35.42)

このように村々を巡りながら福音を語るペテロの活動について、今日の箇所で2つの奇蹟が記されています、ルダでペテロはアイネヤという男性の「中風」(「片方がゆるむ」という意味を持つ病名で、恐らく脳卒中などに伴う体の麻痺を指すもの)をいやし、ヨッパという町では、病によって死んだタビタという女性を生き返らせます。こうした奇蹟は私たちの知的な理解の範疇をこえるものであり、「不思議」と言う他ありません。誰もが納得できる言葉でこれを説明することは容易なことではないでしょう。ですから、科学や医学をめぐる環境は、新約聖書と現代と異なり、「奇蹟」は事実として信じるに値しないと考える人もあれば、逆にこのような奇蹟を神の働きの「しるし」と考え、神に仕える者の働きには不思議が伴わなければならないと考える人たちもあるようです。いずれにしても少し偏っていると言わざるを得ません。私たちが心に留めたいのは、ペテロはアイネヤに対して語った「イエス・キリストがあなたをいやしてくださるのです」と言う言葉です。更に、これらの奇蹟はいずれも町の住む人々の救いにつながりました。不思議に感じるような事柄に接すると、人の関心はそれを行った者に向きがちです。しかし、このアイネヤの癒しはルダとサロンの住む人々は主に立ち返り、タビタの復活は、ヨッパの多くの人々が主を信じました。神に仕える働きは、それを行う者自身に人々の心を向けさせるものではなく、人々の心を神に向けさせ、彼らに救いを与えるものであることを忘れないようにしましょう。

2)奇蹟の背後にあるもの

タビタと言う女性について聖書は「女の弟子」と記しています。主イエスに付き従う女性は少なくはありませんでしたが、新約聖書において「女の弟子」と呼ばれる者はタビタだけです。彼女は主に仕える者として、ヨッパの町で「多くの良いわざと施し」を続けました。彼女の死を悲しむ「やもめたち」は、彼女が作った上着と下着をパウロに見せています。タビタは服を作っては、夫に先立たれて、経済的にも精神的にも苦しみの中に置かれていた女性たちの下を巡る歩き、服を配っては彼女たちを慰め、主の守りを祈っては励ます愛の人であったのです。パウロが彼女の遺体の傍らに立ったときに、「やもめ」たちがみな泣きながら、タビタの作った数々の下着や上着を見せたことは、こうした女たちとタビタが深い愛によって結ばれていたことを表すものといえるでしょう。ですから、タビタが生き返った知らせは、42節を見ると「ヨッパ中に知れ渡り、多くの人が主を信じた」と記されています。ペテロは誰もが認める偉大な伝道者であり、神は彼の働きを祝福してご自身の栄光の現われとしました。同時に、主はタビタをヨッパの町に暮らす「やもめたち」のもとに送られましや、貧しさや寂しさの中で痛む人たちに寄り添い、服を作っては彼女たちのもとを訪ね、自分が出来る精一杯の愛を持って人々に仕えたタビタという女性。彼女もまた確かに神の栄光を表す人です。タビタという名前を聞いて、すぐに彼女のことを説明できる人は多くはないでしょう。しかし、このように「死者がよみがえる」という驚くべき奇蹟の背後にあったタビタは、主に愛に生きる人であったことを忘れないようにしましょう。

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